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2016年3月5日土曜日

おっさんが振り返るWindows95とパソコン通信とインターネットの話 #PC回顧録


猫と一緒にガジェットライフ♪ムチャです。

プログラマであり、CodeIQにて「はしれ!コード学園」というプログラミング言語の擬人化マンガを連載している漫画家でもあるちょまど氏(@chomado)の呼びかけで始まった「#PC回顧録」というハッシュタグにて、おっさん達の思い出話が盛り上がっています。

自分もいずれ書こうと思っていた思い出話を、いい機会なので書いてみることにしました。よろしかったらおつきあいくださいませ。
写真のメディアは自前のものです。



目次

  • 1.ハードウェアのお話し
    • 1.1. 初めてのパソコン
    • 1.2. フロッピーディスク
    • 1.3. CD-ROMドライブ
    • 1.4. 2次キャッシュ
    • 1.5. モデム
    • 1.6.PC-98シリーズとDOS/V
    • 1.7.メモリ
  • 2.通信環境のお話し
    • 2.1.電話回線と通話料
    • 2.2.キャッチホンの害
    • 2.3.パソコン通信
    • 2.4.インターネット
    • 2.5.ISDNとダイヤルアップルータ
    • 2.6.常時接続時代の到来
    • 2.7.無線通信
  • 3.ソフトウェアのお話し
    • 3.1. ウェブブラウザ
    • 3.2. ICQ
    • 3.3.ポストペット
    • 3.4.WindowsNT
    • 3.5.インターネットマガジン
  • おしまいのひとこと


はじめに

  • おっさんの記憶を元に、多少の調査を加えて書いています。ツッコミは歓迎ですが、「WindowswwwwDOSを知らないとかw」みたいな知識自慢はご遠慮くださいませ。ぜひご自分でその辺のことを書いてみてください。
  • Windows95発売以降のお話しです。3.1も触ったことはありますし、それ以前の話も多少は知っていますが、それほど突っ込んだお話しもできないので省略します。
  • Macは全然詳しくないので語っていません。
  • 知っている方は懐かしんで、知らない若い方はへぇ~と思ってもらえれば幸いです。


1.ハードウェアのお話し

1995年11月、Windows95が発売されました。
なぜだかは忘れたのですが当時やたら盛り上がり、秋葉原では深夜販売が行われたり、多数のPC雑誌が発売された気がします。

当時自分は大学3年生でした。コンピュータには興味があっていつかは手にしたいと思っていたのですが、1996年3月に遂に自分のパソコンを買ってもらいました。

1.1. 初めてのパソコン

買ったのはIBMの「Aptiva(アプティバ)」というシリーズです。スペックはざっと以下のような感じ。

Aptiva型番忘れ
CPUPentium 133Mhz
2次キャッシュ無し
メモリ8MB
HDD1.6GB
モニタ15インチ 800×600ドット 色数は65536色?
CD-ROM4倍速?
サウンド・モデムMwave 28.8kbps
USBまだ存在していません

今と比べると、CPU周波数もメモリ・HDD容量も単位が1つ違うのでざっと1000倍以上ということになります。

1.2. フロッピーディスク


「この保存のアイコン何なんですか?」と若い人に言われて唖然としたという話はよく聞きますね。
写真は今でも持っている3.5インチのフロッピーディスクです。

1枚で1.44MBの容量です。もっと大きな5インチや8インチの物もさらに昔にはありました(自分は使ったことがありません)。

Windows95はCD-ROM版とフロッピーディスク版があり、後者は40枚ちょいという枚数で、インストール中に何度もディスク入れ替えが発生して大変でした。
それでも当時は他に手軽な持ち運べる記憶媒体が無く、広く使われました。

1枚に収まらないデータは、圧縮した後フロッピー1枚に収まるサイズに分割するソフトを使って持ち運んでいました。

1.3. CD-ROMドライブ

CD-ROMドライブは音楽CDの速度(150KB/秒だったか)を1倍速とした~倍速で語られていました。速いほどソフトのインストールなどが速くなるというわけです。

速度は最大で52倍速とかまで到達した気がします。
今や光学ドライブ自体搭載していないPCも珍しくありませんね。

書き込みのできるCD-Rドライブが数万円で買えるようになるのはもう少し後です。
書き込み中にデータが途切れると失敗してメディアがダメになってしまうのですが、その頃のPCは非力で安定性も今ほど高くないため、書き込みの最中は一切PCに触らず待っていました。


1.4. 2次キャッシュ

2次キャッシュというのは、CPUとメモリアクセスの速度差(ものすごい差がある)を埋めるために用いる、高速だけど高価なメモリのことです。
Pentiumは1次キャッシュはCPUに内蔵していましたが、2次キャッシュはオプションでした。

まだPCスキルも全く無いのに、「なんか増設すると速くなるらしい!」というのだけ見聞きして、まだ少なかったパソコンショップで取り寄せました(256KBが2万くらいしたかな・・・?)

増設の効果は絶大で、特に驚いたのは長文のテキストファイルをメモ帳で開いたときにスクロール速度が爆速になったことです。
ちなみに今のCore-iシリーズなどは3次キャッシュまでCPUに内蔵しています。


1.5. モデム

モデムとは、広義に言えばデジタルデータをアナログデータに変換もしくはその逆を行う装置です。

当時携帯電話などもちろん無く、回線といえば固定の電話回線しかありません。モデムは電話回線を通じて別のコンピュータと通信を行うために、Windows95時代のPCにはほぼ標準装備していました。
(外付けのモデムもありました。通信環境の話は後述。)

Aptivaに内蔵されていたモデムは専用のハードウェアではなく、DSPと制御ソフトを使った「Mwave」という物でした。
スペックとしては当時最速の28.8kbpsで、サウンド機能も1つでこなす万能選手だったのですが、トラブルが多い上に確か通信しながら音を鳴らすと重くなったりして大変でした。
Thinkpadシリーズにも搭載されていましたが、しばらくして使われなくなりました。


1.6.PC-98シリーズとDOS/V

当時国内のPCはNECのPC-9800シリーズとそれ以外という風に分かれていました。
この辺は詳しい方に譲りますが、PCが非力だった頃に日本語を表示するため専用のハードウェアを装備したNECのPC-98シリーズが国内では広く使われ、その後IBMが仕様を公開したことで海外で広く使われるようになったPC/AT互換機が入ってきました。

技術の進歩によってソフトウェアだけで日本語表示ができるようになり、VGA(640×480ピクセル)で日本語を扱えるOSとして「IBM DOS J4.0/V」(マイクロソフトがOEM供給していた)が出てからは俗にPC/AT互換機を「DOS/V」マシンと呼ばれるようになりました。
「ドスパラのドスって何ですか?」という話がありますが、元はDOS/Vパラダイスという店名だったとこからきています。

ということでハードウェアが異なるため、Windows95はPC-98用とPC/AT互換機用で分かれていました。

Windowsのドライブレターは「Cドライブ」から始まりますが、これはPC/AT互換機においてA、Bドライブはフロッピードライブとして予約されていたことから来ています。

PC-98シリーズではその辺の事情がちょっと違っていたため、普通にAドライブをハードディスクとしてWindowsがインストールされているという状態になりました。
システムフォルダが「A:\Windows」なのはちょっと違和感がありました。


1.7.メモリ

Windows95はハードウェア要件として8MB以上を要求していたので、当時のパソコンはほとんどがメモリ8MBでした。

自分のAptivaも8MBでしたがスロットが1つ空いていたので、8MB増設しようと思ってパソコンショップへ行くと、確か8MBのメモリが4万円だった気がします。

増設した結果は、2次キャッシュほど劇的な変化は無く、あまり快適度は変わらなかった気がします(;´∀`)



2.通信環境のお話し

2.1.電話回線と通話料

モデムの項で書いたように、通信と言えばサービス業者が提供しているアクセスポイントに対してモデムを使って電話をかけて接続することでした(ダイヤルアップ接続)。
当然ながら、繋いでいる間は通話料がかかります。そのため、通信は「必要な情報をさっと落としてすぐ切断する」が基本でした。

しかし、NTTがちょうど1995年に「テレホーダイ」というサービスを始めていました。これは23時~8時の時間帯に限り、予め指定した2つの番号に対して通話時間にかかわらず月額の一定料金になるというサービスです。

料金は同一市内だと月1800円、隣接区域だと月3600円でした。

非常によいサービスだったのですが、23時になるとみんな一斉にアクセスポイントへ接続しようとするため、用意された回線数を超えてしまってなかなか繋がらないということもしばしばでした。俗に「テレホタイム」と言われ、この時間帯を狙って当時のネット活動は深夜に及びました。

テレホマンというAAもありました。由来はよくわかりません(;´∀`)
           _____________
   ___   /
 /´`;:::\< 呼んだ?
/    /::::::::::| |
| ./|  /:::::|::::::| \_____________
| ||/::::::::|::::::|



2.2.キャッチホンの害

キャッチホンはNTTが提供していた、通話中の相手を待たせて別の着信を受けることができるサービスです。
通話中に着信があると音で知らせてくれて、一瞬受話器を置くところのボタン(何て言うの?)を押して回線を切ることで、着信した方に切り替えることができました。

モデムでの通信はデジタル信号を音声信号に置き換えて行っているため、余計な音が入ってくると通信が維持できなくなって切れてしまいます。
そのためキャッチホンを利用している回線で通信をしている時に着信があると接続が切れてしまって非常にストレスがたまりました。


2.3.パソコン通信

インターネットの話をする前にパソコン通信の話をしないといけませんね。

パソコン通信はモデムでサービス提供会社のサーバーと接続して、電子メールや掲示板、チャットといったサービスを利用することを指します。

1996年ではニフティーサーブPC-VAN(現BIGLOBE)アスキーネット(現アスキー)が代表的なパソコン通信の提供会社でした。
また、自分は利用したことはありませんが、個人やグループでサーバーと回線を用意して同様のサービスを提供する「草の根BBS」というのもありました。

自分はニフティーサーブを利用していました。
会員だけのクローズドなサービスで、電子メール、フォーラム(掲示板)、CBシミュレータ(チャット)がありました。フォーラムにはライブラリもあって、様々なオンラインソフトが提供されていました。ニフティ自体に送金する仕組みが用意されており、シェアウェアもありました。今でも秀丸エディタのライセンス登録の画面では「送金代行番号」を入れる欄がありますが、これはニフティで送金したときに発行される番号です。

フォーラムは様々なテーマのものが用意されており、同じ趣味を持つもの同士で書き込みを楽しんでいました。
フォーラムには必ずシスオペという管理者がいて、ある程度統率が取れていました。
この辺は2chとかとは違うところです。

ニフティの場合システム利用料は従量課金制だったので、通話料に加えて1分いくらという利用料金がかかりました。そのため、自動巡回ソフトというのを使って電子メールの送受信や読みたいフォーラムの会議室を予め指定しておき、接続した後一気に通信して切断してオフラインで読むというのが普通でした。
自分はNifTermを使っていました。秀TermやEmterm、AirCraftといった名前は懐かしい方も多いのではないでしょうか。

チャットは自動巡回するわけにはいかないので、仕方なく普通に繋ぎます。
ニフティの場合、速度によって通信料金が違っていて、チャットでは速度が必要ないので2400bpsで繋いで行うのが一般的でした。
自分はこのチャットのおかげでタッチタイピング(ブラインドタッチ)ができるようになりました。


2.4.インターネット

やっとインターネットです。

今でもそうですが、インターネットに接続するにはプロバイダと契約する必要があります。加えて、プロバイダが用意するアクセスポイントに対してダイヤルアップ接続する必要があります。

プロバイダ料金はほとんどが月額固定でしたが、通話料はそうもいきません。
当然テレホーダイを使うわけですが、当時市内通話の区域内にアクセスポイントを持つプロバイダが存在しませんでした(´Д⊂ヽ
仕方なく隣接市外のプロバイダと契約して利用していました。

その後ドルフィンインターネットというところがアクセスポイントを市内で開設したのでそちらと契約しました。今でも存在します。
ちなみに元はバイク屋さんで、当時住所の場所に行ったら普通にバイク屋でしたw

当時Googleはまだ無くて、まず最初に行くのはYahooでした。
Yahooは検索以外にもウェブサイトをカテゴリ毎に分類して載せており、これはディレクトリと呼ばれて、確か申請によって人が手動で登録していました。
新着のページがあって、その日登録されたページを毎日見に行っていた記憶があります(普通に数えられる数でした)。


2.5.ISDNとダイヤルアップルータ


ISDN(Integrated Services Digital Network:サービス総合ディジタル網)は、通信回線を全てデジタル化することで、通信と音声を統合して利用できるサービスです。

物理的に線を増やすこと無く、1回線で2チャンネル分の回線を利用することができました。これによりデータ通信と同時に音声通話も可能でした。このおかげでキャッチホンの悪夢から解放されました。

また速度も1チャネル辺り64kbpsまで出ました。当時のモデムの速度は33.6kbpsだった上に、アナログ回線における通信は速度が安定しないのが一般的で上限まで出ることはあまりなかったのですが、ISDNのデジタル通信は品質がよくてほぼ上限近くまで出た気がします。
接続が速いのも特徴で、アナログ回線+モデムだと「ピーガー~ぐぉ~がーぎーごー・・・」という感じで接続まで10秒くらいかかるのが、ISDNだと一瞬で終わります。

その代わりテレホーダイはちょっと高くなり、INSテレホーダイは2400円/4800円でした。

またプロバイダによっては2チャネル束ねた128kbpsでの接続をサポートしているところもありました。でも料金も高くて自分は利用したことがありません。

同じ頃、ダイヤルアップルータという製品が出てきました。
それまでパソコンに直接モデム(ISDNではターミナルアダプタ:TA)をシリアルケーブル(RS-232C)で繋ぎ、モデムから電話回線を繋いで、パソコン上でダイヤルアップを起動することで通信を開始していたのを、LANケーブルでパソコンと繋いで外部との通信が発生すると自動的にダイヤルアップしてネットに繋いでくれる装置です。

特に写真の「MN-128 SOHO」は初期の製品ながらとてもよくできていて、かなりのヒット商品になったと記憶しています。もちろん自分も使っていました。

しかし、「使う時だけ接続する」のが基本で、ダイヤルアップルータも外部通信が無くなると一定時間で回線を切断するようになっていました。


2.6.常時接続時代の到来

若い方には「常時接続」という感覚が理解できないかもしれません。

これまで書いたように、インターネットは従量制の電話回線を使うため、「サッと繋いで落としたらすぐ切断」が基本でした。
テレホーダイで深夜はそれが可能だったものの、毎晩夜更かしするわけにもいきません。
常時接続サービスは存在しましたが、基本的に企業向けで一般市民には手の出せる価格ではありませんでした。

1997年に「OCNエコノミー」という、一般向けの常時接続サービスが始まりました。
ISDN回線を用いた128kbpsのサービスですが、月額料金はなんと38,000円
それでも常時接続サービスとしては破格でした。

海外ではすでにADSLの普及が始まっていましたが、国内ではNTTがISDNに力を入れていてADSLには消極的で普及が遅れ、2000年に入って「東京めたりっく通信」が東京23区内でADSLサービスを始めました。

ちょうどタイミングよく23区内で1人暮らしを始めることになったので、速攻で申し込みました。
確か下り640kbpsで月5400円とかだったと思います。今にしてみれば全然遅いですが、「常時接続」は当時のネットユーザーにとって憧れでした。


2.7.無線通信


今でこそスマートフォンで普通にインターネットへ常時接続できますが、無線での常時接続は2001年の「AIR-EDGE(旧AirH")」まで待つことになります。

当時は携帯電話で9600bpsPHSのPIAFSという規格で32kbpsという速度でした。もちろん通話料がかかります。

当時まだ携帯電話を持っていなかったのですが、PIAFS開始と共にケンウッドの対応端末XIT(ザイト)ISD-P27と東芝のデータカードを購入し、早速試したのを覚えています。
その後写真のパルディオ611Sも入手しました。これはフリップ部分がコンパクトフラッシュとなっており、カバーを外すとそのままパソコンやザウルスに挿して通信ができると言うものです。


携帯電話は9600bpsとPHSより速度は遅いですが、ドコモの10円メール(最初の課金時間内で1000文字分のテキストを送るサービス)と言うのがありました。
写真は「ポケットボード」という10円メール用の端末で、乾電池で動き、メールをオフラインで打っておいてケーブルを繋いで送信するというものです。
シリーズ化されて結構な種類が出ました。

その後iモードといった通信サービスが始まりますがパケット代は定額では無く、通話料のパック料金をパケット代に当てられるくらいでした。

そして2001年6月に、当時のDDIポケットが無線の定額制常時接続サービスである「AIR-ADGE」を開始します。
開始当初は32kbpsで月額5800円。すでにADSLが普及していたため速度はだいぶ遅かったですが、無線で常時接続というのは夢のようなサービスでした。

先日ドコモが下り375Mbpsのサービスを発表しました。10000倍です(;´∀`)



3.ソフトウェアのお話し

3.1. ウェブブラウザ


ブラウザと言えば無料なのが当たり前ですが、当時はそうではありませんでした。

まずWindows95(初期バージョン)にブラウザは付いていませんでした。別売りの追加パック「Microsoft Plus! for Windows95」にInternet Explorer1が含まれていました。

しかし使い勝手はあまりよくなく(今も・・・?w)、今は無き「Netscape Navigator」がほぼ標準でした。自分はバージョン3のパッケージを5000円くらいで買った記憶があります。

Netscapeの背景色はデフォルトがグレーで、HTMLで何も指定しなければグレーになるので、大抵のページはグレーだった気がします。

ちなみにMicrosoft Plus!にはあの「3Dピンボール」も含まれていました。


3.2. ICQ


ICQは今で言うLINEみたいなメッセンジャーソフトです。
無料で使えてファイル転送もできたので、みんなで使っていました。
着信時の「アッオー」という音は懐かしいです。


3.3.ポストペット


ポストペットはSo-netが提供していたメールクライアントです。

ペットの育成要素があり、メールを送るとペットも一緒に送信されます。
送られた側はメールを受信するとペットも尋ねてきて、しばらく遊んだ後に帰ります。
するとペットから「ひみつ日記」というメールが届き、「たくさんなでられた」などといったメッセージが読めます。

けっこうはやって、WindowsCE版や「PocketPostPet」という専用機も出ました。

残念ながらサービスは終わってしまいましたが、公式サイトは今もあってLINEスタンプとか出てるようです。


3.4.WindowsNT

一般向けのWindows95とその後継(98、Me)とは別に、最初から32ビットOSとして作られたのがWindowsNTです。
4.0から見た目が95と同じになりましたが安定性は別格で、メモリを多めに積んでおけばほとんど落ちることも無く快適に使えました。

NT5.0はWindows2000となり、その後XP、Vista、8、8.1、10と続いています。
どれもWindows9x系統とは別物です。

NT4.0はIntel以外のCPUアーキテクチャ版もリリースされて、Alpha、MIPS、PowerPC用がありました。PowerPCは当時Macで使われていたCPUです。
今は逆にMacがIntelのCPUで動いています。面白いものですね。


3.5.インターネットマガジン

ソフトウェアじゃないのですが、当時よく読んでいた雑誌です。
とても分厚くて、読み応えがありました。

毎号日本のプロバイダー相互接続マップが付いていて、自分のブロバイダがどのように上位プロバイダーと接続されているかが分かって面白かったです。
時が経つ毎にプロバイダがどんどん増えて複雑になり、わけ分からないことになっていた気がしますw

現在は一部が無料で公開されているので、お時間があったら見てみると面白いかもしれません。




おしまいのひとこと


昔を思い出しながら、帰りの電車の中でポータブックで下書きをしていました。
WiMAXでOneDriveに保存して、家のデスクトップで続きを書きました。
あれから20年、パソコンと通信環境は劇的に進化を遂げました。

それがいいことばかりでは無いことは、時折Twitterなどに流れてくる炎上やネットに絡んだ事件を見るとわかります。
このすばらしい環境は昔を知るものからするとまさに夢のようですが、それが当たり前のように存在している若い皆様におかれましては、ぜひとも正しい方向に活用して欲しいと思います。

それではみなさまよきガジェットライフを(´∀`)ノ



2015年1月3日土曜日

うつ病患者が2015年の目標をつらつらと書いて自分に活を入れる

photo by pakutaso.com

猫と一緒にガジェットライフ♪ムチャ(@mutoj_rdm821)です。

自分の性格上、追い立てられないとやらないので、ここで今年の目標を宣言して活を入れたいと思います。
といっても未だうつ病の治療中で無職(職業訓練に通い中)の身なので、あまり無理せず控えめに。

おつきあいいただければ幸いです。



1.就職


職業訓練は3月までで、その先は全く決まっていません。
今のところ、生活リズムは安定していて、薬も少しずつではありますが減らしてきています。

精神障害者手帳は取得したので、障害者枠での就職を目指します。
一応、障害者向けの仕事を探してくれる「アビリティスタッフィング」と「DODAチャレンジ」にはエントリーしてあるのですが、今のところ何も話は無く・・・。
まあ最悪ハロワでも探してみようと思います。

今のところIT系の仕事を考えています。これまでのスキルを活かさないのはちょっともったいないかなという気がしていて。
IT系の障害者枠のお話があればお待ちしております。一応経歴などはGoogle+のプロフィールに載せています。



2.マイクロソフト オフィス スペシャリスト マスター認定


職業訓練では、オフィスの4ソフト(Word、Excel、Powerpoint、Access)を勉強しています。

基礎からやっているので自分には余裕なのですが、せっかく通わせてもらっているので、MOS(マイクロソフト オフィス スペシャリスト)の資格を4科目全て取得してマイクロソフト オフィス スペシャリスト マスターの認定を受けようと思っています。
ITパスポート試験の講義もあるのですが、さすがに情報処理試験は高度資格を持っているのでパス。)

既にWordとExcelは取得したので、残りPowerpointとAccessをがんばります。
バージョンは元々持っていたExcelを2010で取得していたので、とりあえず2010で取ります。
(最新は2013です。)



3.LPICレベル3取得


MOSが終わったら、LPIC(Linux Professional Institute Certification)=Linuxの認定資格をレベル3まで取得しようと思います。
昨年レベル1は取得したので、今年中にレベル2、レベル3と取得していこうと思います。

レベル2の参考書はもう買ってあるので、後には引けません(4000円以上する)。



4.体重を70kg以下に落とす


うつ病になる前の最も痩せていたときは55kgでした。
去年12月の頭に計ったときは83.9kgと30kg近く増えました。

さすがにマズい(睡眠時無呼吸症候群も出ている)ので、先月からダイエットに励んでいます。
ちょうど職業訓練でよい生活リズムを保てているので、食事をサラダ中心にし、帰宅後ビリーズブートキャンプをやっています。

その結果、12月末で80.9kgまで落ちました。


年末年始でサボってたらちょっと増えてしまったので、昨日からビリーを復活させてます。
今年中に70kgは切りたいです。



5.Java8を極める


Javaの経験が一番長いしJava SE 7 認定資格のGoldも取得しているのですが、Java8になってラムダ式とかいろいろ新しい概念が追加されたので、その勉強をしようと思っています。

とりあえずこの辺↓の本は入手したので、早々に読んで理解しておきたいです。




6.本を読む


楽天のポイントを使っていろいろな本を買っているのですが、全然読めていません(;´∀`)

売れ筋のビジネス書(アドラー関連の本とか)とか、コーディング関連の本を優先して読んで行きたいところ。この辺↓(もう自炊済み)



7.アプリを作る


Androidアプリケーション技術者認定試験は取得したものの、未だアプリを作っていません(;´∀`)
何かしらアプリを作ろうと思います。



8.ブログは定期的に更新


「毎日更新!」はさすがに難しいので、最低週2,3回は更新して、PVを今の倍に増やしたいと思っています。
おかげさまでXperiaZ2の記事が伸びて去年の今頃と比べると倍くらいになっているので、さらに倍と行きたいですね。



9.節約!


去年はドコモからBICSIMに乗り換えた上、タブレットの回線も解約して支出を減らしました。
他にもスカパーや保険、オンラインサービスなども一部を除いて解約。
今年はさらに節約して、支出は集中させたいと思います。

とりあえずワイモバイルの回線(WX04SH)は解約・・・PHSはちょっと名残惜しいですが、使うこともあんまり無いので解約かな・・・。
固定回線も解約してWiMAX2+にしたいところですが、4月から3日間での容量制限が付く予定なのでちょっと悩みどころ。

支出は選択と集中で。前もちょっと書きましたが音楽、コーヒーと、あとは健康、勉強に関する事のみにしようと思います。ゲームは買わない!



10.人脈を広げる


去年はだいぶ引きこもっていたので、今年はセミナーとかに参加して人脈を広げていきたいです。
そもそもコミュ症で飲み会とかとても苦手なので、場数を踏む必要があると痛感しています(;´∀`)
今年は少しでもコミュ症を克服したい・・・。



まとめ:今年もよろしくお願いします


去年はうつの具合が悪かったり、すずが亡くなったりといろいろ大変でした。その結果仕事できなくなるくらいまでうつが再燃してしまいました。
今年はいい年になるといいな。

今年もこのブログをどうぞよろしくお願いします。

それではみなさまよきガジェットライフを(´∀`)ノ

2014年10月3日金曜日

新しいアイコンと名刺で心機一転を図る

photo by pakutaso.com

猫と一緒にガジェットライフ♪ムチャ(@mutoj_rdm821)です。

昨年10月に仕事復帰してからは、仕事で精一杯でセミナー等に行く暇も気力も無く、名刺を渡す機会がない=人脈が増えないという負のスパイラルだったので、久しぶりにセミナーに行ってみようと考えました。

それなら名刺も作り直さないと!と言うわけで、以前と同じく「前川企画印刷」さんで新しい名刺を作っていただきました。



その前にアイコンの話を



少し前にアイコンを変更しました。描いてもらったのはニコニコ生放送でけっこう人気のあるゲーム配信者の「サトウキビさん(@310kib)」です。絵がとてもうまいのですが、これまでイラストの請け負いをしていませんでした。

それが試しに1回やってみようという感じで募集をしていたので、即申し込んで描いてもらったのがこのアイコンです。(現在は請け負いは休止中)
すずがとてもかわいく描けていてお気に入りです。

そんなサトウキビさんのニコニコミュニティはこちら↓


現在はDS版ドラクエ4、マリオカート8をプレイされています。

また募集を再開するかもしれないので、Twitterやコミュニティをチェックしてみてください。でもあまり過去のことは詮索しないであげてください(謎)。


新しい名刺


前川企画印刷さんのサイトからの申込後、メールで以下の内容を伝えました。
  • 以前のイメージ(茶トラの模様)をベースに
  • すずの写真(お気に入りのひっくり返ったやつ)を入れて
  • キャッチフレーズを目立たせて
  • キーワードは以前はただ文章で横並びにしてただけだったので、ちりばめる感じで
  • アイコンは新しい物を
  • SNS等のアカウントは新しい物に
  • 裏面はブログトップ画像のまま、QRコードを追加
こんな漠然としたイメージでお願いしました(;´∀`)
ただ印刷するだけではなくて、イメージを伝えてデザインまでしてくれます。

そしてできたのがこちら。


すばらしすぎます!なんかあまりに無理難題を押しつけてしまって申し訳ない感じ(;´∀`)


裏面にはしっかりとQRコードを入れてもらいました。


こんなコメントまでいただきました。無理を言った上に急がせてしまったのに・・・。

これで両面カラー100枚が1800円(税抜き、送料込み)です。安すぎませんかね?大丈夫なんでしょうか・・・。(一応ブログやSNSで紹介するのが条件に入っています)

今後お会いする方にはどんどん渡していこうと思います。


まずは2014年10月4日(明日)のセミナーで


ブロガーで会社まで作ってしまった立花岳志さんのセミナーに参加してきます。
まだうつ病は治っておらず、創造的な活動ができる体ではないのですが、何かしらのきっかけを見つけに行ってきます。


それではみなさまよきガジェットライフを(´∀`)ノ
2014年3月28日金曜日

生まれて初めて救急車を呼んで乗った話

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猫と一緒にガジェットライフ♪ムチャ(@mutoj_rdm821)です。

昨日生まれて初めて救急車を呼びました。そして乗りました。

まさか自分がお世話になる日が来るとは思いませんでした。これはその当日のお話です。



突然の吐き気と下痢

その日、朝から少しお腹の調子が悪かったです。うつ病なので、ストレスによって気持ちが悪くなったり胸焼けがしたりというのはあるので、最初はいつもと同じかと思ってました。

しかし、会社に着いてから激しい下痢。ほとんど水のままドバドバ出てきました。

2回ほど下痢をした後、今度は激しい吐き気に襲われました。

お昼ご飯も食べることができませんでした。



もしかしてノロウイルス・・・?

最初に思ったのは、「ノロウイルスか・・・?」でした。

厚生労働省の「ノロウイルスに関するQ&A」というページがあったのでざっと読みました。

  • 主症状は吐き気、嘔吐、下痢、腹痛であり、発熱は軽度
  • 通常、これら症状が1~2日続いた後、治癒し、後遺症もない
  • このウイルスに効果のある抗ウイルス剤はない
  • 「ノロウイルス抗原検査」は3歳~64歳の場合保険適用外(まあでも数千円らしいです)
  • ふん便や吐ぶつには大量のウイルスが含まれる

うん、ヤバイかも(;´ρ`)



まずは救急相談センターに相談

自治体によっては番号が違ったりそもそも無かったりするのですが、救急車を呼ぶほどでもない場合や病院へ行くべきか迷う場合に、24時間年中無休で電話相談を行うサービスがあります。

東京では、「救急相談センター」という名前で、「#7119」で繋がります。

早速電話して、症状をひとしきり説明したら、「病院行ってください」とのことでした。近くの病院も教えてもらいました。



救急車を呼ぶ

吐き気がものすごいので仕事は抜けさせてもらい、病院へ向かおうと思ったのですが、教えてもらった病院はあまり近くではなく、歩いているうちに吐いてしまいそうでした。

もしノロだったとして、その辺にウイルスまみれ吐ぶつをまくわけにはいかない・・・

というわけで119に電話しました。

電話するとまず「火事ですか、救急ですか」と聞かれます。救急と答えました。

次に名前と現在地の住所を聞かれます。ここがマズかったのですが、勤務先は大きなビルで住所を覚えていませんでした。近くに電柱もなく、町名までは覚えてたのですが、あとはビル名だけしか伝えられませんでした。ビル名だけで何とかなると思ったのですが、どちらかというと番地の方が知りたいようでした。

とりあえず把握してもらったようなので電話を切って待ちました。ここでもう1つミスったのは、電話が着信しているのに気がつかなかったこと。救急隊の方がかけてきたのに気づきませんでした。

少したってから着信に気づいて折り返しました。連絡を取り合いながら誘導して、到着。乗り込みました。

一通り症状と名前や住所を伝えると、救急病院と連絡をして向かってくれました。5分と歩いていられないくらいだったので、助かりました。



そして病院へ

救急搬送口から通してもらって、すぐに診察を受けられました。

とりあえず吐き気が酷かったので、ひとしきり出してきました。

お腹を見せて、触診をして、特に急を要する病気ではないとの判断。薬については元々心療内科で胃薬や吐き気止めをもらっていたので特に追加で出す物も無く、点滴を受けました。

1時間半くらい受けて、何とか歩けるくらいには回復したので、帰路につきました。



進捗:まずまず

一日経った今日もまだ治まっていなかったので仕事はお休みしました。

おかゆとウィダーインゼリーを食べ、ほとんどそのまま体をスルーし、生まれて初めての寝下痢を経験しました(;´ρ`)

吐き気はほぼ無くなりました。下はまだ危うい感じですが・・・

明日には何とかなってるかな・・・という感じです。



まとめ:救急車を呼ぶときは

  • 住所を確認しておく
  • 呼ぶべきか迷うときは救急相談センターへ相談
  • 119にかけた電話は着信に備える

救急相談センターはぜひ活用したいところです。夜間や休日でも、受け入れてくれる病院を紹介してくれます。

救急車の中をじっくり見る余裕は無かったのですが、シャープのプラズマクラスター発生器が置いてありましたw

ちなみに胃腸炎の原因ですが、食事は平日はほぼ固定化しているので思い当たる節はありません。・・・が、ちょっと古くなったサプリを飲んでいたので、もしかしたらそのせいかもしれません。

皆様もお気を付けください。

それでは皆様良きガジェットライフを(´∀`)ノ

2013年12月3日火曜日

ウィルコムと私

kyoupon


猫と一緒にガジェットライフ♪ムチャ(@mutoj_rdm821)です。

今日衝撃のニュースが流れてきました。

イー・アクセスがウィルコムを来年4月吸収合併、ブランドは未定。「交渉これから」 - Engadget Japanese

自分が初めて持った携帯電話はDDIポケット時代のTN-PZ5という機種でした。ちょっとPHSの思い出を振り返ってみたいと思います。



PHSというもの

そもそもPHSってなんだという方もいらっしゃるでしょう。簡単に説明してみます。記憶だけで書いているので正確ではない可能性が高いです(;´∀`) 詳細はWikipediaなどを。

最初は「簡易型携帯電話」とも言われていたように、通常の携帯電話に比べて電波の出力が小さく、エリアは広くないけれども料金が安いというサービスでした。だいぶ安かったので、学生、特に女子高生がよく使っていて、ピッチという愛称で呼ばれていたこともありました。

音質が非常に良く(今でも3Gの携帯よりも良いです)、 データ通信も高速でした。当時やっとISDNが一般的になってきて、固定回線で64kbps(!)という速度を得られるようになってきた頃に、32kbpsで通信が可能でした(PIAFS・・・という名前を知ってる人ももはやどれくらいいるんでしょうか)。

自分も早速ノートPCに通信カード(PCMCIA・・・「PCカード」と言われていたノートPC用の拡張スロット)を入手し、モバイル通信を楽しんでいました。

一方で、基地局のカバーするエリアが狭いため通話が途切れやすかったり、高速移動時に通話できなくなったりといった不便な点もありました。なんとサービス開始から2年くらいは、携帯電話へかけることができませんでした。

 

初の全国パケット定額

移動体通信でのパケット定額制を始めたのはウィルコム(当時DDIポケット)です。サービス名はAirH"(エアーエッジ)、速度は32kbpsで、月額5800円とかだったと思います。

※パケット定額自体はアステルの方が先だったようです。但し地域各社がそれぞれ独自で初めていて、全国同一エリアではなかったとのこと。知りませんでした。

 

これは画期的でした。外で常時接続が得られるという、夢のような世界です。

その後、さらに高速化して128kbpsでのサービスも始まりました。料金はさらに上がって1万円近く、長期割引などを駆使して7000円ちょいと、今考えるとだいぶ高いですが、もう固定回線でダイヤルアップするより速かったと思います。

 

京ぽんの誕生

kyoupon

パケット定額は当初PCカードのみでしたが、その後PHS単体でも定額通信が可能となります。特に「京ぽん」の相性で大人気となった、京セラの「AH-K3001V」は画期的な端末でした。

この端末は定額通信ができた上に、今では当たり前となっている「フルブラウザ」を搭載しているのもポイントでした。

当時の携帯電話は専用に作られたWEBページしか表示することができなかったところ(そもそも昔はキャリア内のネットワークにしか接続できず、インターネットに出ることもできなかったと思います)、この端末はPC用のサイトを見る事が可能でした。

もちろん自分もゲットして、情報収集に活用していました。まだRSSとか無かった(知らなかっただけかも)ので、ニュースサイトのメールから記事に飛んでPC用サイトを見ていました。

非常に愛されていた端末で、1年半後に第2世代の今ぽんが出たときには、2ちゃんで思い出スレが立つほどでした。

京ぽんG: 京ぽんの思い出

 

 

DDIポケットからウィルコムへ 音声定額開始

創業当初はDDI(現KDDI)が中心となって設立されたこともあり、KDDI自体の携帯電話サービスとの関係もあって、携帯電話が普及した後はータ通信をメインで細々とやっていました。

2004年5月にカーライル・グループが買収し、2005年にウィルコムへと社名変更しました。KDDIとのしがらみがなくなったことにより、初の音声定額制サービス「ウィルコム定額プラン」を開始しました。

携帯電話の通話なんてものはできるだけ短く済ませるものだったのが、全く気にしなくても良くなりました。「通話無料!」というCMは非常にインパクトがあったと記憶しています。

一方で、時間・料金を気にせずかけられることから、家族との繋がりにスポットを当てたCMも放映されました。特に「父娘編」というCMは泣けるCMとして強く印象に残っています。

自分の知ってるのは30秒と60秒のものですが、この90秒のものは初めて見ました。

 

 

「スマートフォン」の誕生

w-zero3

「スマートフォン」という言葉が日本で定着したのは、ウィルコムの出した「W-ZERO3」のおかげであるというのは、当時を知っている人なら誰もが納得するでしょう。

電話としては大柄なボディですが、通話が可能な上にWindowsMobileを搭載していて、フルブラウザはもちろん、オフィスのファイルを編集したり、アプリを追加したりすることが可能でした。

スライド式のキーボード、全面タッチパネルにより、ユーザーインターフェースも大きく変わりました。

自分は次の機種「W-ZERO3[es]」からずっと買って使っていました。2006年のことです。

w-zero3es広告

「働け!」がキャッチコピーだったようで、こんな広告が出ていました。

「ワンセグ繋げばテレビも見れる。でも見るな。さあ仕事しろ!」

むちゃくちゃ言ってますw

 

経営破綻、ソフトバンク傘下へ

2009年に事業再生ADR手続きを申請し、その後ソフトバンク傘下になりました。当初は不安視されていたように思いましたが、「だれとでも定額」や「もう1台無料キャンペーン」といった思い切った施策を打ち出し、回復へ向かいました。

自分はAndroid機がなかなか出ないことで見切りを付けてしまい、ドコモへ乗り換えてしまったのですが、その後ストラップフォン2を新規契約して、今割と使っていますw

 

 

まとめ?

自分としては、おそらく一番長く使っているキャリアだと思います。

携帯3社のように新機種をたくさんリリースすることがなかった分、一つ一つの端末に思い入れがあります。

最近では、だれとでも定額をスマホから簡単に利用できるカード型端末「だれとでも定額パス」や、だれとでも定額パスの機能を内蔵した京セラの折りたたみ端末「WX12K」といった、非常に面白い端末も出していました。

まあ、現状ほぼ音声のみのウィルコムと、データ通信メインのイー・アクセスを一緒にしちゃおうというのは、大胆ですが合理的なのかもしれません。自分は経営とかは分かりませんが、その辺はさすがソフトバンクといったところでしょうか。ウィルコムのブランドがどうなるかはまだ分かりませんが、より良いサービスを提供してくれるのならこちらとしてはありがたいです。

というわけで、ウィルコムへの思いを語ってみました。読んでいただいた方、ありがとうございます。

それではみなさま良きガジェットライフを(´∀`)ノ

2013年9月4日水曜日

ひたすら運の悪い一日のきろく

OZPA89_danborukaraderuashi500photo by pakutaso.com


猫と一緒にガジェットライフ♪ムチャ(@mutoj_rdm821)です。

ちょっとこの二日ほど気力が無くてブログを休んでました(;´Д`A

追い打ちをかけるように、昨日運が悪い出来事が重なったので書いておこうと思います。



1.新発売の文房具が売ってない

先日、東急ハンズのセール「ハンズメッセ」で慌てて買ったら既に持っているサイズの製品を買ってしまったので、交換するついでに新製品を探したのですが売ってませんでした。(発売日の翌日だったのに)

新宿の東急ハンズから小田急の伊東屋へ行くも、こちらでも見つからず。楽天で検索しても無い・・・。

文房具を必ず発売日に売ってるお店って、あるんですかね~。東急ハンズやloftはたまに発売日前に売っていることもあるんですが、今回は無かったです。

どんな製品かは内緒です(;´∀`)

 

 

2.ウォークマンのイヤホンが切れる

愛用しているウォークマンNW-A867のイヤホンが断線したらしく、片方しか聞こえなくなりました。

↓こういう首掛け型のイヤホンなのですが、ノイズキャンセリング用のマイクが付いていて専用なので、高いんです(5000円ほどします)。しかも2本目・・・つД`)・゚・。・゚゚・*:.。..。.:*・゚

まあ普通のイヤホン繋いでも聞けるんですが、ノイズキャンセリングないのは痛い。どうしようか検討中・・・

 

3.電車に荷物を忘れる

ハンズやビックカメラで買い物した荷物を、帰りに電車の中に忘れてしまいました。

立っているときに網棚(最近網じゃ無いですね・・・)に乗せて、席が空いたので座ったときにはもう存在を忘れてたのでアウトでした。乗せるならカバンの方でしたね・・・。

幸い、降りて駅を出たくらいで思い出して確認したので、終点で確保してもらいました。田舎なのでこの辺は安心です。

終点まで取りに行ったついでに、駅前に唯一あった食事処モスバーガーで適当に頼んだら1000円くらいになってしまってがっくりくる。

 

 

4.コーヒーメーカーを割る

ガラス製のアイスコーヒー用コーヒーメーカーを落として割ってしまいました。

ガラスの片づけ中に指を少し切って血が出ましたが、ウチの掃除機はサイクロンなので、へたに吸い込むとゴミカップを洗うときに怪我しそうなので、ガムテープでぺたぺたやって応急処置しました。こういうときは紙パック式の方がいいですね・・・。

今日100均でコロコロ(コロコロはニトムズの登録商標らしいですよ)とほうきを買ってきて、掃除しました。すずが踏んで怪我したら大変ですしね。

コーヒーメーカーは豆とセットで3000円くらいの物だったので金銭的ダメージは低かったです。氷を入れた上からお湯で出すタイプだったので、今度は水出し用のを買ってみました。やっぱり3000円。

 

まとめ

というわけでさんざんな日でした。

とりあえず直近の悩みはウォークマンのイヤホンをどうするか。これはまた別記事に書こうかと思います。

おつきあいいただきありがとうございました(;´∀`)

それではよきガジェットライフを(´∀`)ノ

2013年8月15日木曜日

情報を積極的に切り捨てて心に平穏を

どうしようかな・・・っと目をそらす女性
photo by pakutaso.com


猫と一緒にガジェットライフ♪ムチャ(@mutoj_rdm821)です。

インターネット、スマートフォンの普及に伴い、情報の取得手段が格段に増えました。特にSNSは自分が知ろうとしなかった情報も共有によって流れてくることで、様々な情報が得られるようになりました。

それは良いことなのでしょうか。あふれる情報にまみれて疲弊している方も多いように思います。



メシウマの罠

「他人の不幸は蜜の味」という言葉があります。同じ意味で、某掲示板発祥の「他人の不幸で今日も飯がうまい=メシウマ状態」という言葉もあります。

そもそも日本では古くからテレビ番組にワイドショーというカテゴリが存在し、芸能人のスキャンダルやちょっと話題になっているニュースを独自に取材して掘り下げたりという内容を多く流しています。

しかし、そういった情報が自分の役に立つことはあるでしょうか?

困ったことに、ネット上ではまとめ記事が作られたり、より深い情報(個人情報など)をどこからか調べてきて拡散する人が多く存在し、情報を追えば追うほど深みにはまってしまいます。メシウマの誘惑に負けず、最初から情報を受け入れないという意志が必要です。

 

 

Twitterの炎上は悪意しかない

最近Twitterでバイト中の悪事を公開したことでそれが拡散され、雇い側の会社が謝罪する事案が多数発生しています。

昔は、そういう武勇伝?は仲間内だけの話で終わっていたと思います。わざわざチクるような人に自分から教えることもないですよね。

本人が、Twitterは全世界に公開されることを理解していないのは問題ですが、わざわざ拡散してやろうと考える人が存在することも問題です。勝手な正義感で裁いてやろうとでも思っているのかもしれませんが、それならばその企業に直接教えてあげればいいわけで、拡散させる必要はないと思います。

やってる本人は悪だし、拡散している方も悪で、そこには悪意しかありません。

であれば、詳細まで追いかける必要はないと思います。もちろん、面白がって拡散したら同罪です。

 

 

積極的に情報を捨てる選択

面白がって情報を追いかけた結果、自分に対してメリットをもたらす物はどれくらいあるでしょうか。

現代は情報過多の時代です。上にあげたようなネガティブな情報は、できるだけインプットしないようにしないと、時間を浪費した上に心も疲弊してしまいます。

ちょっと気になった情報をすぐ追いかける前に一旦踏みとどまって、「その情報をインプットしたことによって自分はどうなるだろうか、次にどういう行動を取るだろうか、得る物はあるだろうか」といったことを考える必要があると思います。

  • 関連情報が気になってしまわないだろうか
  • ネガティブな感情だけが残らないだろうか
  • 自分も参加してしまわないか

また、世の中にはいろいろな人がいるわけで、ネットでは自分の思いも寄らない意見を持つ人もいます。批判は受け入れるべきですが、度を超した言いがかりに付き合う必要はありません。火に油を注ぐ前に、冷静にシャットアウト(フォロー外しやブロックなど)するべきと思います。

 

 

タイトルの誘惑に負けない

ブログを書いている自分が言うのもおかしな話ですが、ブログを読んでもらうコツとして「興味を引くようなタイトルを付ける」というのがあります。

ブログだけでなく、各種ニュースサイトでも記事を読んでもらうためにタイトルを工夫してきます。

しかし、やはりそこは自分にとって本当に必要かどうかを見極める必要があると思います。一歩踏みとどまる意志を持って、プラスになるかどうかを判断し、それほど重要そうでないものは思い切ってスルーする事も必要だと思います。

一度スルーしても、話題の記事は別の経路でまた目にすることがあります。そうなって初めて読んでみる、くらいでいいのではないでしょうか。

 

 

まとめ

ファイト!とポーズを取る女性
photo by pakutaso.com

あふれる情報の波に流されてしまうと、貴重な時間を失った上に心も疲労してしまいます。

元々日本人は「あまり他人に干渉しない」傾向があると思っていたのですが、顔が見えないと逆に攻撃的になるんでしょうかね。

自分にとって必要で無さそうな情報は積極的に切り捨て、余計なことに首を突っ込まず、平穏な心を保てるようにして欲しいと思います。

あ、でもこのブログは切り捨てないでもらえると嬉しいです(;´∀`)

2013年6月3日月曜日

裁断本を売買することに問題はあるかどうかというお話 #自炊

乱雑に置かれた本


猫と一緒にガジェットライフ♪ムチャ(@mutoj_rdm821)です。

先日、「裁断本をお譲りします」という記事を書いたところ、「違法では無いにしろ、グレーゾーンに近い行為を堂々と行う事」についてご指摘をいただいたため、納得して記事を取り下げました。

ただ、法律面で調べたことはせっかくなので残しておこうと思います。



法律的に問題無いか

古物営業法について

古本を売ることになるので、古物商に入りそうです。Wikipediaには以下のように書かれています。

盗品の売買または交換を捜査・検査するために、営業所を管轄する都道府県公安委員会(窓口は警察署)の許可が必要になる。

Wikipedia - 古物商

古物商に関しては「利益を継続的に出そうという意志があるかどうか」が問われるようです(古物商許可「業」として行う|鈴木行政書士事務所 より)。

今回の件では、購入時の半額でと考えていましたし、いわゆる「せどり」のように「安く買ってきて高く売る」という行為を継続的に行おうとしてるわけでは無いので、こちらは問題無いと思います。

(ここで利益を上乗せして販売するということになると自炊代行業者の話になりますが、また違う議論になると思いますのでここでは触れません。)

 

著作権について

次に著作権に関してですが、まずスキャンしたデータを売買したら間違いなくアウトです。

データを手元に残して原本を譲渡する件ですが、以下のサイトで詳しく考察されております。

自炊後の裁断本を売買することに問題があるのかないのかという話 | ノート100YEN.com

正規に購入した流通品であれば、著作権法第26条の2。(譲渡権)より、転売しても問題は無いと結論づけています。

また、ネットでよく言われる「原本を所持しておかなければいけない」という意見については、著作権法の第47条の3。(プログラムの著作物の複製物の所有者による複製等)と勘違いしているという見解を示しています。

ソフトウェアの場合はいくらでも複製できてしまうため、DVD等のメディアと共にライセンスという形で利用する権利を購入し、PC等にインストールして使用します。もしこれを譲渡する場合、PCからソフトウェアをアンインストールしなければなりません。

しかしこれは「プログラム」について規定されたものであるため、書籍は該当しないということです。

 

じゃあ中古CDをリッピングして売るのはどうなの?

これは著作権上は問題が無いという解釈ができてしまいます。

一度CDが販売されてしまうと、その譲渡権はもう役目を果たしたということで消えてしまう(消尽と言います)と規定されています。権利者はCDを最初に消費者に売った段階で元を取るような価格設定をしているのだから、その後、中古市場を転々とするCDから何度も金を取る権利はもうないよという発想です。ということで、消費者が買ったCDについては譲渡権は消尽してますので、物々交換サービスは著作権法上は問題ありません。

CDの物々交換サービスの適法性について:栗原潔のテクノロジー時評Ver2:ITmedia オルタナティブ・ブログ

じゃあOKじゃんという話では無く、上記記事の著者の次のエントリーではこれを問題ととらえて対策について検討しています。

CDをリップしてから中古屋に売却問題への対応策を考える:栗原潔のテクノロジー時評Ver2:ITmedia オルタナティブ・ブログ

PCにリッピングする行為について、2005年に私的録音録画補償金制度を拡大してiPodやPC等も保証の対象とするべきかという検討が以前されましたが、反対意見が多かったため結論が先送りとなり、現在も検討中のままとなっているようです。

リッピング対策として音楽業界が導入したコピーコントロールCDは、大きな問題を抱えて大不評となり、現在は使われていません。そうこうしているうちに、音楽ダウンロード販売についてはDRMフリーが主流になってきていますが、もちろんこれを配布したら著作権違反となります。

 

 

結局裁断本の販売はどうなのか

裁断本の場合はCDとは違って原本の完全なオリジナルではないため、CDと全く同じに考えるべきかどうかというところですが、それ自体で十分製品として成立してしまう(スキャンする分にはむしろ好都合である)ため、同じ考え方が適用できると考えます。

従って、裁断本を販売することは、現行法では違法とは言えないが、グレーゾーンに近い行為であると言えると思います。

ヤフオクやAmazonマーケットプレイスでは裁断済みの本を売ってることもあるようですが、しっかりと問題を認識しておかないと、もめ事になったときに不利益を被るかもしれません。

もし譲渡するにしても、親しい友人など、自身の制御の効く範囲内で行うべきであり、今回のようにインターネット上で公に募集するという行為はすべきでは無かったと反省しております。

 

今回記事を投稿してから、申込みが1件も無かったことから、あまり需要が無い行為なのかもしれませんが(自分の影響力が低いのもあるでしょうが)、もし同じようなことを考えた方がいらっしゃれば、参考になれば幸いです。

※自分は法律の専門家ではありませんので、裁断本の販売について実際の裁判等でどう判断されるかまでの責任は取れませんので、その点はご了承ください。

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